時々往々にして

すきなことをすきなように書きます

【野球】得点価値と実際の獲得得点の乖離から見る「mottainaiバッター」の考察




前置き

阪神タイガース鳥谷敬という選手がいます。
長年にわたりタイガースの正遊撃手として活躍するも、加齢やけがの影響でしょうか、年を経るごとに成績を落とし、昨シーズンには遂にレギュラーの座をはく奪されました。
若手の台頭もあり一気に影が薄くなってしまった鳥谷選手ですが、三塁へのコンバート、打撃フォームの改造で今年見事にレギュラーに返り咲きます。
打率は3割目前、シーズン中には通算2000本安打、1000四球を達成。
鼻骨を骨折しながら試合に出続けるという、新たな「鉄人伝説」が産まれたことも記憶に新しいですね。

そんな感じで今季絶好調の鳥谷選手。
素晴らしいシーズンを送っていると思うのですが、一方で試合を観ている一ファンとして思うことが。
鳥谷選手、成績の割に影薄くない?

確かに毎日のようにヒットを打っているし、衰えない選球眼と併せて塁に出ているイメージはあるんですけど…。
彼が試合を決めるヒットを打ったり、勝ち越しのホームを踏んだりするの、あんまり見なくないですか?
今年の彼の打点は41、得点は57。観る人によって感想異なると思いますが、これはもっとあっても良くない?ってなる成績だと思います。

いや、鳥谷選手の成績に難癖をつけるわけではないんです。鳥谷さん大好きですし。
ただ、「ランナー鳥谷残塁阪神無得点です」という実況の声のイメージが凄くあって。
チームの得点に彼の活躍が結びついてないというか…、せっかく打ってるのに勿体ないなーと思ってしまいます。
1番とか3番に置いておけばもっと打点も得点も伸びると思うんだけどなー。

この現象、結構打ってるのにチームの勝利と結びつくイメージがない、って、鳥谷選手にチャンスの場面で回ってこないとか、後の打者が返してくれないとか打線の組み方の要素が大きく寄与してるんじゃないですかね。
それってつまり、滅茶苦茶打ってる(当社比)鳥谷選手を打線の「谷間」に置いてしまっている首脳陣、特に監督の責任が大きいんじゃないでしょうか。
得点圏打率は運の要素が強くて、チームの取り組みとして改善は出来ないけれど、打線の組み方なんかは人間のコントロールのきく部分ですし、そこは改善できたんじゃないか、そしたら今年の阪神の得点はもっと伸びて、より良いシーズンを送ることが出来たんじゃないでしょうか。
また、そういう「打線の谷間にいい打者置いちゃってる現象」は他の球団にもある問題なんじゃないか(2chで打線を議論してるスレ良く伸びますよね)っていうのもふと思ったりします。

前置きが長くなりましたが、
要するに「打線の谷間にいい打者置いちゃってる現象」を可視化することができるんじゃないか?というのが今回のエントリーのテーマです。
打ってる割に打線の流れが悪いせいで得点・打点が伸び悩んでいる選手、逆に打ってる分がしっかり現実のチームの得点に貢献している選手が一目でわかる指標、いわば勿体なさの度合いを示し、打線構築という首脳陣の能力のベンチマークになる指標が見つかるといいなって感じです。


実際に使えるデータ、指標になっているか分かりませんが、ある程度何かの傾向が出てきて面白かったのでお時間あったらご覧ください。
f:id:tokidokioh:20171008174700p:plain

方法

今回、以下のようにmottainai指標を定義してみたいとおもいます。

(理想の創出得点 - 実際の創出得点)  / 出場試合数 = 打者の勿体なさ

理想の創出得点

ここにおける「理想の創出得点」は、セイバーメトリクスにおけるwOBA(weighted On-Base Average)の考え方を流用します。

打者が打席当たりにどれだけチームの得点増に貢献しているかを評価する指標。総合的な打撃力を表す。
四球、単打、二塁打三塁打本塁打等の各項目について統計的な研究から妥当と思われる得点価値の加重を与え、打席当たりで平均することによって算出される。*1

単打、二塁打三塁打本塁打、四球、敬遠、死球それぞれの得点期待値を基に、打者が「稼ぐはずだった」得点価値を算出し、それを「理想の創出得点」と定義します(DeltaのwOBA算出に使われている失策出塁は今回入手できなかったので省きます)。

理想の創出得点 = 0.692 * (四球−故意四球) + 0.73 * 死球 + 0.865 * 単打
+ 1.334 * 二塁打 + 1.725 * 三塁打 + 2.065 * 本塁打

各イベントに掛けられている得点価値は、天下のDELTA様のサイトを参考にさせていただいております。得点価値の考え方はそちらで見ていただければ。

実際の創出得点

これは単純に、選手が実際に点に絡んだ数字を用います。得点と打点の和から本塁打数を引きます(重複を防ぐ)。
単純な数値ですが、現実の「結果」を表すにはこれが一番適しているのかなと。

実際の創出得点 = 得点 + 打点 - 本塁打

mottainai指標

前述の「理想の~」、「実際の~」の差から、各選手の得点創出ポテンシャルと、実際獲得した得点との乖離を算出し、それを試合数で割ったものを、mottainai指標と定義します。

1試合当たりの得点の遺漏を示しているので、数値が大きいほどその選手は(打順の巡り的に)mottainai選手であり、数値が小さければmottainakunai選手であるということになります。
この値を人為的にコントロールしようとするなら、打順の入れ替えにより打てる選手を固めて「流れを良くする」ことがまず第一に考えられるかと思います。
ですから、このmottainai指標は選手の能力を計るというよりむしろ、監督はじめ首脳陣の取り組みへの評価になってくるのではと思います。

データの収集

とある方法で「理想の~」と「実際の~」で用いる指標をとりまとめ、mottainai指標を計算しました。
今回は2017年シーズンの打席数が300打席以上の打者を対象にしています。

結果

長いので折りたたんでいますが、下記に対象打者89名の「理想の~」、「実際の~」、mottainai指標を示します。

考察①WORST10

どうでしょうか。
なんとなく、このランキングを通じて見えてくるものがないわけでもないのでは。
細かく見ていきましょう。
WORST10の選手(mottainai指標が高かった人たち)を下に抜き出してみると、

選手名 チーム 理想得点創出 現実得点創出 mottainai
大島 洋平 中日 173.0 76 0.815
坂口 智隆 ヤクルト 191.2 85 0.781
T-岡田 オリックス 222.4 114 0.758
宮﨑 敏郎 DeNA 194.6 100 0.739
西川 遥輝 日本ハム 217.2 117 0.726
マギー 巨人 225.8 126 0.718
茂木 栄五郎 楽天 167.8 94 0.717
鳥谷 敬 阪神 194.5 94 0.703
中島 宏之 オリックス 163.0 76 0.702
マレーロ オリックス 125.9 69 0.693
こんな感じです。10選手を類型化していきましょう。 案の定鳥谷選手がランクインしていて笑いましたけど、特筆すべきはオリックス勢が3人も入っていることでしょうか。 T-岡田、中島宏、マレーロというチームの中軸を担う打撃力を持っている選手たちが、実際の働きより過少に得点・打点が抑えられているのは非常にmottainaiと思います。 今年のオリックスはチーム得点パ4位でしたが、「理想」と「現実」の乖離を見ると、打順の組み方を工夫する、上記3選手を上位に固めるなどすればより得点力が伸びていたんじゃないでしょうか。 一時期、オリックスは1番T-岡田みたいな重量打順を組んでいましたが、基本的にはT-岡田を下位に置いていて、このせいで取れなかった点というのは結構多いのではと思っています。 5,6番以あたりの打順に強打者を据えて置く、いわゆる打点を稼ぐ役割を担わせることは野球界の慣例となっていますが、そうするとその後のチャンスで打力の劣る下位打線に回るケースが多く、mottainaiの観点から見ると、少し効率が悪い打線の組み方になってしまっているのかなって感じです。 DeNAの宮崎、阪神の鳥谷も後が下位打線ゆえのmottainai選手になると思います。 宮崎はハイアベレージで塁に出る可能性は高い選手であるにもかかわらず、すぐ後ろに低打率のキャッチャーを据えるラミレス監督の打順の組み方から、得点が低くなってしまっているのかなと思わされます。 鳥谷も後が長打力のない大和や北條、梅野で、自身の得点圏打率も今年は低かったため、得点・打点が伸び悩んだのがmottainaiに繋がっていますね。 この辺りは1番~3番に打順を繰り上げて、後ろに長距離打者を置いた方が得点の遺漏も少なくて済むでしょう。 ちょっと意外だったのが、中日大島、ヤクルト坂口、日本ハム西川の上位打線俊足タイプがこの上位にランクインしているということです。 本来ならその脚力と周囲の打者の勝負強さで得点を稼ぎまくるタイプなのですが、彼らの所属チームは今年貧打に泣いているので、それが原因でmottainaiが増大してしまっているのではないでしょうか。 これは監督というより編成の問題からmottainai選手になってしまっているケースかもしれません。 そして意外にもランクインしていたのが楽天茂木、巨人マギー。 茂木は楽天の序盤から中盤にかけての快進撃の立役者とされているし、マギーを2番に据えたことは、いい話題が少なかった巨人の中でほぼ唯一「大当たり」した要素です。 この二人が打順の流れのよどみに巻き込まれたとはとても思えないので(特に茂木は足も速く得点奪取力高いし)、ここはこの指標の欠陥が浮き彫りになるところかもしれませんね…。 茂木は楽天のクリンナップが暫く不調だったことから、マギーは前後の打者の不振から、mottainai指標が実は高くなっていたというこじつけ(笑)ができるかもしれませんが。 どのパターンでランクインしている選手も、打撃成績は良いものの得点や打点が伸び悩んでいる選手。 チームの勝敗をバットで左右できる選手は、下手な打順(中位から下位)に据えてしまうとmottainaiが拡大していってしまうということは言えるのではないでしょうか。

考察②BEST10

BEST10を以下に記します。

選手名 チーム 理想得点創出 現実得点創出 mottainai
中谷 将大 阪神 147.5 105 0.320
源田 壮亮 西武 184.0 139 0.315
安部 友裕 広島 146.4 108 0.312
石井 一成 日本ハム 85.4 54 0.275
駿太 オリックス 87.8 54 0.262
田村 龍弘 ロッテ 97.1 64 0.251
炭谷 銀仁朗 西武 80.5 57 0.226
戸柱 恭孝 DeNA 92.3 68 0.217
梅野 隆太郎 阪神 76.7 53 0.211
藤田 一也 楽天 79.5 58 0.211
全体の傾向として、mottainakunai選手はそもそも理想の創出得点が低いようです。
BEST10のうち7人が「理想の~」が100以下。このレベルの打者は得点の遺漏が少なく、打順下位においておけば害はない、という感じですかね。

翻って、広島の安部、西武の源田、阪神の中谷は「理想の~」が高い部類に入るにもかかわらずmottainakunaiという傑出した選手です。

安倍はパンチ力と勝負強さで打点を稼ぎやすいことに加え、走力の高さで生還率が高いことがmottainakunai要因でしょうか。
広島は鈴木誠也、丸、松山、菊池、田中が今回の分析の対象選手ですが、揃って低い水準のmottainaiを記録しており、打線に穴がないチームは得点の遺漏が少ないから強いんだなあと思いました(小並)。

源田、中谷といったあたりがランクインしてきたのは意外でした。
というか打撃系の成績でこの二人に特に注目することってないですよね。
源田は2番打者、中谷は5番あるいは4番打者として、それぞれポテンシャルにあった打順に入っているということなのでしょう。
やはり周りの打者との相乗効果というか、打線の組み方が影響してくる指標だなと改めて感じます。

課題とまとめ

選手が獲得するはずだったポテンシャルとしての得点と、実際に創出した得点を比較することで、選手の打力を引き出す打順を作れているかどうかを測る指標を作れるのでは?と思ってこのmottainai指標を作ってみました。

指標から読み取れることとしては、
オリックスは打線の組み方を考え直した方がよさそう
②アベレージヒッタータイプを下位に置くとmottainai傾向が高くなる
③そもそも編成や周囲のケガでまともに打線が組めないとmottainai度は上がる
④あんまり打たない選手はやっぱり下位に固めておこう
⑤広島強すぎ・#源田たまらん
⑥中谷はもっと評価されるべき

という感じでしょうか。

よくOPS順に打者を並べて打線作ればいいなんて言う「暴論」がありますけどそれもあながち間違ってないというか、mottainai度合いを減らすためにwOBAが高い選手をとにかく上位に固めるのが正解!というのも今回の分析から読み取れたかと思います。

一方この指標の問題点も浮き彫りになったと思っていて、
①計算式の妥当性
②どこからがmottainaiでどこからがmottainakunaiのか?
③編成の問題や選手の好不調にも依存する指標である
④単純にチームの打力の良し悪しがランキングに影響する

あたりは改善の余地がまだまだありますね。

うまく検証が進んで、「打線のつながり」というフワッとした、しかしよく議論されるテーマに対して、何らかの定量的な答えが出せれば面白いなーと思います。
今回のがそのプロトタイプになるといいな。
今後はmottainai指標の経年変化とか、式の改良、チーム得点との相関も調べてみようと思います。

【映画感想】ベイビー・ドライバー 思ってたのと違うけど素晴らしい一作

エドガー・ライト最新作、『ベイビー・ドライバー』、観てきました。
やっぱり間違いない監督ですね、エドガー・ライト
すこし思ってたのとは違いましたけど、いい映画を観た、という実感のある映画でした。
f:id:tokidokioh:20170710060629j:plain
楽しみにしていたエドガー・ライト作品、周りのお客さんもそうだったようで、満席で笑いのこぼれるいい雰囲気でした。

ところで、今作は上映館が少なくて都内だとT・JOY系列だけっぽいので、いつもと違う劇場に行ったんですけど。
劇場の系列変えると流れる予告編も変わってきて、珍しく楽しい予告編タイムでしたよ。
ジャッキーチェンの新しいやつは思ってたよりどうでもいい感じでしたけど、
イーストウッドの息子が出る『スクランブル』はけっこう楽しみになりました。
www.youtube.com
9月22日日本公開ですが、アメリカでは10月13日に公開だそうで、本邦が最速なんでしょうか。
カッコいい車がガンガン出てきてアガる、というのは正しくカーアクションで素晴らしいですよね。
ワイスピの制作陣みたいなので安心感もあるし、ぜひ見たい一本です。

閑話休題
私がエドガー・ライト作品に初めて触れたのは2008年公開の『ホット・ファズ -俺たちスーパーポリスメン!-』で、愛のあるパロディとしての秀逸さ、真顔で笑わせてくるコメディセンス、それでいて真っ当に面白い警察アクションとしての魅力で、オールタイムベスト級に好きな一本になったんですけど。
そのあと、『スコットピルグリム vs 世界』『ワールズエンド』を流れで観つつ、『ショーン・オブ・ザ・デッド』を後から観直したりして、すっかりエドガー・ライト監督ファンになったわけですが。

今作、相変わらずコメディとしても秀逸ですし、「エドガー・ライトの好きなモノ詰め合わせ」という意味ではこれまでの作品と変わらない部分もあるのですが、鑑賞後はやっぱり「コレジャナイ感」を感じずにはいられませんでした。
ただ、そのコレジャナイ感を感じつつも、さわやかな後味も同時に感じていて。
これまでとは違う、キャリアを積んで洗練されたエドガー・ライト監督の成長を感じる一本でした(偉そう)。
コレデイイ。


今作、あのシーンが楽しかった、ここが最高!という感想も沢山あるんですけど。
それよりも、なぜ「思ってたのと違う」と感じたのかを自分なりに書いていきたいと思います。

あらすじ

天才的なドラインビングテクニックで犯罪者の逃走を手助けする「逃がし屋」をしているベイビーは、子どもの頃の事故の後遺症で耳鳴りに悩まされているが、音楽によって外界から遮断さえることで耳鳴りが消え、驚くべき運転能力を発揮することができる。そのため、こだわりのプレイリストが揃ったiPodが仕事の必需品だった。ある日、運命の女性デボラと出会ったベイビーは、逃がし屋から足を洗うことを決めるが、ベイビーの才能を惜しむ犯罪組織のボスに脅され、無謀な強盗に手を貸すことになる。

ベイビー・ドライバー : 作品情報 - 映画.comより
www.youtube.com

感想

これまでと違う構成

エドガー・ライト作品って、ラーメンズのコントに似てると思ってる。
www.youtube.com
ゲラゲラ笑わせてくれるんだけど、その中でスッと胸を突く言葉とか、胸を熱くさせる展開を忍ばせてくる。
なんというか、ズルい感じなのだ。
こっちはパロディばかりのコメディだと思って観ているのに、急にある種のジャンルの本格的な「真面目な」映画になっていく。
スリー・フレーバー・コルネット三部作のサイモン・ペッグの、イケメンにも三枚目にも見えるルックスもそれをうまく後押ししていた。
(それだけに、スコット・ピルグリムはあんまり好きじゃない…)
前半と後半で別種の映画を観ているような気分にさせられるのが、エドガー・ライト作品だと思っていた。

ただ、今作はそれとは違って、最初から最後までいわば「真面目な」映画として作られている。
コメディとしてところどころ笑える個所も用意されているものの、それはじめっとしたパロディの含み笑いではなく、爽やかな、からっとした笑いを呼ぶものだ。

ストーリーの本筋はとても真っ当なクライムアクション、カーアクション、青春映画で、それをメタ的に見せて笑わせる要素はない。
最初から非常にウェルメイドな、ベイビーという青年の物語になっている。

いわば「俺たちのエドガー・ライト」、既知の作品に対するオタク的な楽しみをパロディという形で共有していたエドガー・ライトが、ついにオタクの壁を越えて「ハリウッドのエドガー・ライト」に進化したという感じ。
新海誠が「君の名は。」で、急にスター監督に化けたのとどこか似てる。

過去に↓みたいなPVを撮っていたこともあるし、今作がエドガー・ライトがやりたい映画であったことは間違いなく、ようやくこれを2時間の尺で真面目に撮れるまで、エドガー・ライトが評価と実力を獲得したということなのかな。
www.youtube.com

これまでと違う人物造形

この映画、「ご都合主義」という非難もできるかもしれない。
ややネタバレになるけど、
「どうしてドクはベイビーたちに協力して逃がしたの?」
というところで、人によっては冷めてしまうのかもしれない。

でも、中盤にドクが甥っ子の世話をしているシーンや、少年時代のベイビーが彼にやらかした「犯罪」に対して彼がどう振舞ったか、というところを考えると、その疑問は氷解するんじゃないか。
ドクは基本的には冷徹で完璧主義者だけれど、こと人情が絡むと「優しいおじさん」と化してしまうことは、実は劇中で結構語られていたりするのだ。

この例でも分かるように、エドガー・ライト監督は今回、徹底して人物を多面的に描く作劇をしている。
ジェイミー・フォックス演じるバッツが、狂気あふれる犯罪者として描かれつつも、実は後にジョーを殺さずにおくような、正気の判断ができる冷静な人物であることをところどころで示唆していたのもそれだ。

これまでのエドガー・ライト作品において、「元ネタ」のジャンル映画から型通りのキャラクターを切り取って各登場人物に当て込んだのとは対照的な人物描写を、今回の『ベイビー・ドライバー』では行っている。
ホット・ファズ』でサイモンペッグが演じた「どこまでもくそ真面目な警官」のような、ある種の誇張でキャラクターを浮かび上がらせていたのとは違う、より独立した劇映画としての造形が行われている。

ここでも、やはり先述した「俺たちのエドガー・ライト」からの脱却が感じられます。

そしてとにかく楽しい2時間

まあ何にせよ、この映画が徹頭徹尾わいわい楽しいことに異論はないと思います。
流れ続ける音楽、その音楽に合わせてスクリーンで登場人物たちは踊り、自然音が楽器のようにリズムを刻む。
自然と体が揺れて、物語に入り込んでいく感じは、映画館で映画を観る喜びを全身で感じさせてくれます。
冒頭の強盗後の珈琲を買いに行くシーン、あれだけ計算された画面をどうやって作ったのか驚きです。

そして、ここはエドガー・ライト印と言えるでしょう、数多くの映画からのオマージュの楽しみ
↓に記されてる5本の他にも、
oriver.style
例えば立体駐車場の「車相撲」は『狼の死刑宣告』っぽいし、
車で人を殴るような轢殺アクションは『ジョン・ウィック』っぽい。
そのへんが個人的には印象的でした。
控えめに言って場面の半分はカーアクションですが、そのカーアクション自体を飽きさせない多彩なアクションのレパートリーは流石の一言。

結末の少しほろ苦い感じも、ベイビーがこれまで犯してしまった罪に対して一応の因果応報が与えられたという意味で納得の展開。
ところで、私は最後のシーンはベイビーが観た白昼夢だと思います。報われすぎ!

そんな感じでとってもいい映画を観たな、という充足感を持って映画館を後に出来る映画です。
とにかくグルーブ感のある映画なので、ぜひ劇場で、見ず知らずの人たちとの一体感を楽しむといいのではないでしょうか。

【映画感想・ネタバレ】ウィッチ 時代も宗教も超えて怖いものは怖い

『ウィッチ』、新宿武蔵野館で遅まきながら観てきました。
上映は来週いっぱいまでなので観てない人はお早めに。
f:id:tokidokioh:20170817095716j:plain
『ウィッチ』、割とおすすめだけど同時に人に薦めて観させたら、こっちが怒られてしまうような作品でもあって。
なぜならこの映画滅茶苦茶怖くて、鑑賞後の夜道での精神状態に間違いなく支障が出るから。

ホラーだっていうのは知ってたけれど、
「所詮昔のイギリスの話だからたいして怖くない(自分と時間的物理的に距離があるから)」
「アニヤ・テイラー=ジョイちゃんかわいい(かわいい)」
www.instagram.com

という軽い気持ちで観に行ったんだけど…ぜんぜんビビったし、イヤーな気持ち(いい意味で)になる映画でしたよ。

「旧来的な家庭から解放される女性性の話」とか、
「ミニマライズされた環境での魔女狩り思考実験」とか、
知ったようなことを書こうと思えば書けるんだろうけど、それよりも
森怖い」「夜怖い」「魔女怖い」「その音やめて
っていう直感的な感想が先に立つ映画でした。
当時の宗教や社会のことなんか一つも知らなくても普通に怖い、夏にぴったりのホラーです。

基本情報

監督:ロバート・エガース
脚本:ロバート・エガース
出演:アニヤ・テイラー=ジョイ、ラルフ・アイネソン、ケイト・ディッキーら
公式HP:映画『ウィッチ』 オフィシャルサイト

監督・脚本のロバート・エガースはこれが長編初のメガホンで、しかもサンダンス映画祭で監督賞を獲得しちゃった人。
サンダンスの映画祭は「世界最大のインデペンデント映画祭」らしく、タランティーノとか、『SAW』のジェームズ・ワンとか、『ラ・ラ・ランド』のデイミアン・チャゼルがここから有名になっていったそう(この人たちはグランプリだけど)。

要するにエガースさんは映画監督の登竜門でタイトルを獲得した監督で、この後、古典『吸血鬼ノスフェラトゥ』のリメイク監督という大役を任されることになります。
そっちでもアニヤ・テイラー=ジョイが出演するっぽいけど、今作の怖さの質の良さを考えると、またこのコンビで、というのは非常に合点がいく。

役者陣。
子役が子役っぽくなくて原寸大の「子ども」が画面に映っている感じが良かった。
是枝裕和監督に通じる子役演出のうまさがエガース監督にもあるのかな。
父親役のラルフ・アイネソンはハリポタに出てたらしいけどちょっと記憶にない…。GotGにもちょい役で出てたんだって。
けっこう味のある役者さんだなというか、ヘタレだけど父親らしくあろうとする男、という役にぴったりの人だった。
ケイト・ディッキーが演じる他人任せで受動的な母親と併せて、あまりいい家庭じゃなさそうな夫婦にげんなりした(いい意味で)。

主役のアニヤ・テイラー=ジョイ、美しかった…。
あの年頃の女子にありがちな、子供っぽい無邪気な部分と少し大人な狡くて悪い部分が同居している感じを100倍カリカチュアライズした、イヤで魅力的な演技をしていたと思う。
ラストの邪悪かつ心からの笑顔も見事。役者を活かす監督の演出力もすごいし、この子の演技力も恐ろしい。

あらすじ

「魔女」をテーマに、赤子をさらわれた家族が次第に狂気の淵へと転落していく姿を描き、第31回サンダンス映画祭で監督賞に輝いたファンタジーホラー。
1630年、ニューイングランド。ウィリアムとキャサリンの夫婦は、敬けんなキリスト教生活を送るために5人の子どもたちと森の近くにある荒地へとやって来た。しかし、赤ん坊のサムが何者かに連れ去られ、行方不明となってしまう。家族が悲しみに沈む中、父ウィリアムは、娘のトマシンが魔女ではないかとの疑いを抱き、疑心暗鬼となった家族は、狂気の淵へと転がり落ちていく。

ウィッチ : 作品情報 - 映画.comより
www.youtube.com

この映画もあらすじが≒ネタバレのタイプで、プロットの意外性というより、それをどうスクリーンに投影するか?の凄みで勝負するタイプの映画。
あらすじと予告の5億倍怖いので、事前にタカをくくって観に行くと心的外傷がマッハになる映画です。

感想

ここから大幅にネタバレ含みます。

そんなことより怖すぎるぞこの映画

ラストシーンはルイス・リカルド・ファレロの「サバトに赴く魔女たち」の絵にそっくりな構図だ…とか、詳しい人はいくらでも考察できる映画だと思います。
映画の終わりで、かなり実際の出来事からインスピレーションを得たというテロップが出ていたので、オマージュてんこ盛りなんでしょう。

ただ、そういうのをあれこれ考える知識がなくとも、目の前で恐ろしいことが起きている!という純粋な恐怖が、誰しもファーストインプレッションとして残る映画だと思いますコレ。

えぐいゴア描写とか、ビックリさせる展開はないんですが、とにかくすべてが目を背けたくなる不吉さ
サムが死の直前に幻視した「神の子」は絶対に悪魔の擬態ですよね…。
子どもが満面の笑みを浮かべているだけなのに怖い、不吉!って思うことあるんですね。

あと、ちょっと『ファイナル・デスティネーション』っぽい死に方する(そこはちょっと笑っちゃったけど)両親の狂った感じをはじめ、全部が悪い方向に転がっていってしまったが故に家族に訪れる不幸、という感じは『葛城事件』と似た後味の悪さでそこも最悪(褒めてる)でしたね。

そして、とにかく使われている「」が恐ろしい。
赤ん坊のサムが連れ去られた後の「何か」を杵で潰すくちゅ、くちゅという音。
森のどこからともなく聞こえてくる魔女のささやきと叫び。
要所要所で効果的に挟まれるバイオリンの一番イヤな使い方の音。

森と暗闇というただでさえびくびくさせられる舞台装置の中で、ご丁寧に音の演出で恐怖を説明し増幅させる手腕は見事としか言えないです。
目をふさいでも、情報を遮断できないのはちょっと容赦なさすぎだと思います。
ときどき怖すぎて劇場の床の常夜灯へと目をそらしていたのですが、それでもなお怖かった…。

鑑賞後にあまり多くを語る気力がなくなる映画というか、私にとっては魂が抜けて、ただただ怖いという感想しか残らない感じでした。
もちろん、ホラーですからその感情を楽しむために行ったし、いい映画です。
ただ、夜に観るべきではなかった…。
f:id:tokidokioh:20170817165411j:plain

終わりに

いろんな切り口のある、非常に多層的な映画です。
私のように、キリスト教の魔女についてなんら知識を持たない人でも純粋で上質なホラーとしてこわ楽しめますし、
そういう知識が豊富な方ならたぶん別の楽しみ方もあるでしょう。
知識人と一緒に行って、散々怖がったあとに喫茶店でテーマについて解説してもらうのが一番この映画を楽しめそう。

夏の夜にぴったりなホラーでした。音響の妙を含めて、ぜひ今、劇場で鑑賞するのが〇でしょう。